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「徳島の文学散歩」と聞けば、故・桂冨士郎先生を思い浮かべる諸氏も多いのではなかろうか。小生が徳島県立城南高校に入学した昭和40年春、「万年青年」桂先生との衝撃的出会いがあった。当時40歳、惑う暇もなくロマンの灯火で私たちを魅了し「教祖」的存在だった師。後ろ姿を追いながら、自転車に乗って紀伊半島を一周、吉野山を駆け上がり、西行の木像に涙し、川上村の消防団に救出され、佐藤春夫の「秋刀魚」に首をかしげた青春。学校に「よあけ」のラーメンを出前してもらい旅行記のスライド制作に明け暮れ、集団飲○で「コロシ」(竹内昭先生)のビンタを頂き、人生に行き詰まり恋に悩み、直木賞を目指した青春。思えば、国語の講師は天職であったのか。とすれば、もっと努力して(「万年青年」は不遜なので)「万年青二才」にならなければ先生に申し訳が立たないのではないだろうか。民間教育の立場で「修学旅行」を企て、源氏だ平家だと走り回っている小生を、先生、宜ならむこととお許し頂きたい。
津田にあった御自宅によくお邪魔した。奥様とお嬢様の3人で汗牛充棟のお暮らしであった。畳の見えるところでお茶を戴き、文学や青春のお話しを伺ったのだが、緊張のあまりよく覚えていない。この年になって、「惜しいことをした」と思う中の1つである。だからこれから先、惜しいことをしないようにと筆とデジカメを手に走り回っているのであろう。
前置きが長くなってしまったが、桂先生の爪の垢を顕微鏡で調べながら、徳島にある歴史的文学的史跡を巡って、皆様にご紹介したい。在所の人々のお話も伺い、多少独断と偏見が混じるかも知れないが、50歳を過ぎた「青二才」のしたことと笑い飛ばして頂ければ幸いである。また、「平家物語」「源氏物語」の舞台を生徒たちと巡っている、当サイト内の「修学旅行報告」もご笑覧いただければ幸いである。
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