第3話 圧力いっぱい
 この連載も.めでたく第3話を迎えた。ここで、新たに四国進学会水泳部に在籍することになった新入部員を紹介せねばならない。彼の存在がミケンの今後に影響を与えるのか、って?
 …ふふっ。当然である。この新入部員が、ますますミケンに新たなる試練と挑戦を与える契機になることは間違いないのだ。もったいぶってもしかたないので紹介しよう。
 新入部員ながら当然、既に通称名がついているその新入部員。それが、スマイリーこと、コマツ君である。そう、このコーナーを含む四国進学会水泳部における数々の伝説を掲載している《ガッツ水泳部》を愛読して頂いている皆様ならピンっときたかもしれない。実は、このスマイリー。当ウェブサイトに何回か既に登場しているのだった。3年前の県勤労者大会の報告では後ろ向きの写真2005年6月の大会では、メドレーリレーで隣を泳いだTSDのアンカーとして。さらには、ダッシュの25フリーでは、同じ組に1人だけ11秒台を叩き出した、あのツワモノこそが、スマイリーなのである。ちなみに、彼が1994年、高校2年生のときに出した200コンメのタイムは今でも徳島県記録として12年間破られていないのだった。
 そう、賢明な読者は、もうお気づきであろう。コンメの選手が加わったのだ。あのミケンのさらなる目標(無論、勝手にバイオ&ダッシュが設定したのだが)であるコンメ、である。個人メドレー、である。バタフライ・背泳・平泳・自由形を1人で全て泳ぎきる、あのコンメ、である。しかも、ミケンと同じ年齢であるスマイリーはマスターズの年齢区分が常に同じである、ということは、大会のたびに隣を泳ぐ可能性もある、ということにほかならない。

 そんな新入部員を迎えて、ミケンには水泳部内での役職がつけられた。

『合同練習管理部長』

 これは、毎週火曜日に行われていた、なんとなく皆が集まる日に行う練習の時間を設定し、皆に通知するという大切な役割である。もし、この通知通りに本人が来なかったら、何を言われるかわからない、ということでミケンは毎回参加せざるを得なくなる。
 こうやって、常時集まって練習する男性部員が、何と4人にまで増えたのだ。そして、バイオは、ふと考えた。

バイオ 「なあ、ダッシュよ。去年の6月はメドレーリレーでTSDに惨敗したよな」
ダッシュ 「全部、バックの遅かったミケンのせいです、むふっ」
バイオ 「スマイリーにバックを泳がせたら、たぶん、バンデとかわらないよな」
ダッシュ 「バンデさんも、あの体重が邪魔ですからね、むふむふっ」
バイオ 「だったら、バック・ブレ・バッタまではTSDといい勝負ができるよな」
ダッシュ 「スマイリーがバック。バイオさんがブレ。ここまでは勝ってるでしょ、むふむふむふっ」
バイオ 「で、バッタは、お前がもうちょっと頑張ったら、抜かれるか否か、のところまでは、いけるな」
ダッシュ
「ってことは、アンカーのフリーをミケンに託す、ってことで。むふむふむふっ」

 こうして、スマイリーの加入により、一気に野望が、まるでスマイリーの体重のようにデッカクなってしまった四国進学会水泳部。6月に向けて、ミケンに猛練習を命じたのであった。
 頑張れ、ミケン。2児のパパは、負けられないぜ。

(ガンガン続きまくらせていただく)

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