第7話 元の木阿弥
 6月13日、日曜日。森田は、朝から燃えていた。燃える闘魂をかきたてるように快晴。そして、森田はある決意を密かにしていた。

「今日、みんなの予想タイムを遙かに上回って、綺麗に引退したんねん!」

 そう、森田はさらなる授業のレベルアップと、8月に生まれる子供のナイスパパになるために、プライベートの時間を水泳にあてるのを減らそうと思っていた。確かに水泳には慣れた。今後も泳ぐだろう。しかし、

「これ以上、バイオさんの策略にはまってたまるか。なんぼ、水泳連盟の何人かに話をしたところで、蔵本の大会には出られへんやろ。もっと偉い人もOKなんか出せへんはずやし。」

 ミキミキッとひび割れる眉間が、語っていた。

 ちなみに、《みんなの予想タイム》とは、バイオが、森田の同僚や、水泳関係者、さらには、当ページの愛読者の何名かにアンケートをレース前に行っていたのだった。

 森田が泳ぎ始めた6週間前には、25自由形は24秒だった。そして、皆の予想は次の通り。

《みんなの予想タイム》
愛読者Aさん 18−23
同僚ダッシュ 18−73
同僚フワフワ 19−19
同僚バイオ 19−98
同僚ハイパー 20−73
同僚ポイズン 21−59
TSD代表M氏 22−30
というタイムが出そろっていた。

 朝、ウオーミングアップを終えて、会場、いしいドームの入り口でバイオとダッシュの一服に付き合っていた森田。もうすぐ訪れるレースの緊張を快く楽しんでいた。そこに、やや貫禄のある年配の方がやってきた。その方に向かって、バイオが立ち上がり挨拶をした。

バイオ 「おはようございます」

 森田の眉間は思った。

「バイオさんも大変やな。水泳連盟の役員とかしてはるから、偉い人が通るたびに、いちいち挨拶せなあかんねや。オレは気楽でよかったわ…ああ、のどかな一日や。あとは、泳ぎ切って引退や!」

 森田の眉間が緊張感を少しほぐして伸びかけたその時、バイオの一言が眉間を再び緊張のまっただ中に追い込んだ。

バイオ 「あのー、会長。彼が今日デビューするウチの新人です」

 森田は悪い予感を抱きつつも、

「へーっ、この方、水泳連盟の会長さんなんや」

 と思い、会釈しようとしたその瞬間、

バイオ 「会長、彼が今日25で20秒切ったら蔵本の勤労者大会に…」

 と、言い終わらないうちに会長は軽く、

会長 「かんまんかんまん。ぜひ出なさいや」

そう答えた。こうして、森田は引退レース前から、次のレースを設定されてしまったのである。

 さて、着々と時は流れ、いよいよレースである。25〜29歳区分でダッシュの隣りのコースで森田は泳ぐ。応援に向かって反応する余裕もないまま、選手コール。そして、本番。ダッシュ&森田の向こう側には「ホンモノ」のスイマーがいて、別格の12秒台。しかし、ダッシュに懸命についていった森田は誰一人予想だにしなかった17秒56で3位に入ったのである。

 レース後、終わった嬉しさから歓喜のポーズで応援班に応えつつも、

「あかん…今日で終わりのはずやったのに。また、一から泳ぎを練習せなあかんねや。しかも、今度は50や。今までの努力は今日までのはずやってんのに…」

と眉間が呟いていた。

 頑張れ森田。次は蔵本の屋外50メートルプールだ。燦々と輝く太陽は、きっと君の眉間の皺をより一層、際立たせてくれるに違いない。

(以下、次回へ…まだまだ続く)

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