第1話 またかよ…
 2004年は森田に、かけがえのない宝物を授げてくれた。8月、暑い盛りのことだった。念願の長女「千尋ちゃん」が誕生したのである。目の中に入れても痛くない…とは、まさにこのことかというくらいの溺愛ぶり。担当する生徒たちに、携帯電話に保存し、待ち受け画面にしてある千尋ちゃんの写真を見せまくり、「かわいいっ」と言われるたびに、「当たり前やろ」と、ミケンのしわをビンビンと張りつめながら、ちょっと嬉しそうに照れ笑う。

 千尋ちゃんの誕生までの森田には、様々な不幸が押し寄せていた。同僚でもあり、上司でもあり、「悪人面」でもあるバイオ山本とダッシュ吉田、それに徳島県水泳連盟のお歴々の強引な展開によって、カナヅチだったにもかかわらず、水泳の大会に出されてしまったのだった。6月にはマスターズで25メートル自由形。7月には、なんと50メートルプールのため、50メートル自由形に出場したのだ。しかし、そんな不幸も、千尋ちゃんの姿を見れば忘れ去ってしまう。森田は、再びつぶやくのだった。「オレは幸せや…」

 実際、ある情報筋によると、某ラジオ番組に、年末、投稿合戦を同僚たちとしていた森田は、その日のお題が「今年のあなたにとってのMVPは?」というものだった時、「僕のMVP? やっぱりヨメですね。なんといっても、大事な娘を産んでくれましたから」なんてことを公共の電波にのせるくらい…幸せだった。

 そう、不幸は往々にして、音もなく忍び寄る。森田に、横の席に座っているバイオがポツリと言った。

バイオ 「あーあ。3月にあるマスターズ。また、例の仲間内での種目が決まってしまったんよ。今回は25バタフライなんだってさ」
森田は思う。
森田 「いくらなんでも、今回はオレは出されることはないわ。夏だったら別やけど。だいたい、3月6日とかいっても、バイオさん、後期用小論文講座の真っ最中で、バイオさん自身が出られへんやろ」
森田の一部でありつつも、最近、着々と人格形成をしつつある森田のミケンも同調する。
ミケン 「そうやそうや。今回は、もし『出ろ』って言われても無視や、無視無視。だって、おまえは、幸せ者やでえ」
が…やはり不幸は訪れた。バイオは急に森田の方を向き、残酷なまでに冷静な口ぶりで告げた。
バイオ 「おいっ、3月までにバタフライ、マスターしとけや」
森田 「えっ…ボク、バタフライなんか泳げないっすよ」
バイオ 「だから、練習しとけっちゅう話や。水泳連盟のMさんも認めてくれたけんな」
ミケン

「あいたっ、またMさん、無責任なことを…どうするんや、どうするんや…どうするんやあーっ」

 不幸。それは、いつでも突然やってくる。

(以下、次回へ)

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