2006年度 全国実業団水泳大会 in 愛知 |
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| 今年もバイオこと山本俊輔は夏期講習の忙しい真っ最中に、泳ぎに行くべく徳島を離れた。今年の開催は愛知県の豊橋市。今年で9年連続となる大会参加。毎年、この時期に、なんとか泳ぐことのできる状態を保っていることに感謝しつつ、さらには、会社および同僚の方々の甚大なるご協力に感謝しつつ、豊橋に向かった。
しかし、今年は過去9年間において、最も練習量の少ない年度であることがバイオを不安にさせた。なかなか練習時間を取れない上に、体力的にキツくなり、朝の心臓の調子があまり芳しくなかったのだった。 とはいえ、大会に参加する以上は、悠長なことを言っていられない。7月に、たったの3回ながらも泳ぐ時間を見つけて、えんやこらと参加した。 初日は100メートル平泳ぎ。昨年、一昨年と1分16秒台をキープして、そろそろ限界…と体が悲鳴をあげていた。今までバイオは、現役の頃から、後半で一気に追い込むタイプのスイマーだった。しかし、今年は一切追い込めないくらい手と足がパンパンに張っていたのだった。前半の50をターンした時点で、バイオの目標は『生存』… いや、『生還』に当然至極変更された。泳ぎ切ったタイムは1分18秒59。過去9年間で下から3番 目のタイムであった。順位は83人中38位。ギリギリ半分より上、である。柄にもなく落ち込んだバイオは、速報を見ながら閃いた。 「そうだ、生年月日を確認して同級生と年長者の数を調べよう」 その結果、バイオと同級および年長者でバイオより速かったのは4人だけであり、バイオはなんとか自尊心を満足させたのであった。 2日目。苦手の50平泳ぎ。ただし、来年、徳島県のランキング1位をメドレーリレーで目指すために、さらには再来年の40歳以上の部で決勝進出を目指すためには必要不可欠な種目である。 来年は10年連続出場がかかっている。とにかく、バイオはそこまで寿命が続くことを何よりも願いつつ、暑い夏を終えた。 |
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