今年も、参加選手は阿波校校長のダッシュ吉田(27歳)と阿南校校長のバイオレンス山本(34歳)である。大会は朝の9:30より開会式。しかし、時間を勘違いしていた山本は、10:00から開会式だとばかり思っており、集合を10時前に設定してしまった。
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山本は、当日、親友でもあり、自らの著書「二つの母国」の主人公でもあるバンデワーレ泰広(32歳)を迎えに行った。彼は、平成14年9月に開催される「くろしお国体(高知県)」の予選のため、10年ぶりに現役としてのレースに臨むこととなったのだ。住民票は徳島にあるものの、東京在住のバンデワーレを大松町にある彼の実家のマンションに迎えに行き、会場到着は9:20。すると、無情にもアナウンスが本プールでのウォーミングアップ終了を告げ、山本は時間を勘違いしていたことに気づいたのだった。 |
| (写真)山本俊輔・著 「二つの母国」。1996年発行のベストセラー。今では入手不可能のレアな品である。E's内にも個人所有の1冊が現存するのみ。 |
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「これは、いかん。タツが遅れるかも・・・」と思っていた矢先、吉田が息切らしてげっそりとした顔で登場。何でも家から自転車で来たらしい。ちなみに、この日、新聞発表では、徳島市の気温33.8℃。泳ぐ前にバテてしまう。
昼までは、何事もなく終わり。いよいよ午後から2人の出番だ。吉田は昨年同様、50メートル自由形に出場。
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しかし、その前に10年ぶりに復帰したバンデワーレの50メートル背泳が行われた。知る人ぞ知る、しかし、知らない人は全く知らないが、バンデワーレはバルセロナオリンピックの元ベルギー代表選手である。その当時、オリンピック9位。つまりは、世界的なトップスイマーだったのだ。我々E'sアカデミーのスタッフとも縁が深く、今年の11月には某スタッフの某行事に某役目で帰ってくる。 |
| (写真)なんであーれ、バンデワーレ選手もやはりデカイッ(!?)。しかし、すっかりお馴染みに(?)なったこの構図。 |
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バンデワーレが、脱いだ。歓声、いや、悲鳴、いや・・・。形容できない観衆のドヨメキは、102kgの体重を目の当たりにしてしまった人々の叫びであった。観客席のあちらこちらから聞こえる声。「無惨だわ・・・」「ひどすぎる・・・」だが、彼には、その呟きは届かない。号砲一発、世界レベルのスタートが決まった。しかし、トンレベルの体重は、彼の身体に少しずつブレーキをかけ始めた。25メートルまでは辛うじてトップだった彼は、そこで高校生に抜かれた。「競り合いに強い!」「並んだら負けない!」バンデワーレの現役時代の評判である。・・・であった。彼は、「無惨」にも、負けた。

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タツこと吉田の出番が来た。今年は、昨年に比べて泳ぎ込みが足りないので、不安の残るレース前。だが、飛ぶ吉田は滞空時間も飛距離も長かった。
・・・ところが、水に入った瞬間、バチーン!という音が会場に響いたのだった。観客は、またどよめいた。この日のギャラリーは、とても素晴らしいパフォーマンスに満ちた一日を味わうことのできた日だっただろう。 |
| (写真)風向きOK、角度OK、狙いはK点、飛んだっ! 吉田選手! |
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強烈な腹打ちからスタートした吉田は、天性のスプリントでダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。今年の吉田はひと味もふた味も違う。ゴーグルもかけずに泳いでいるし。しかし、これがアダとなった。ゴーグルがない分、前が見えなくなった吉田は、失速。優勝はしたものの、37秒36のタイムは昨年を2秒下回ってしまった。レース後の打ち上げで吉田は、「これからはサッカーを本格的にやります」と宣言した。サッカーで足腰を鍛えて、来年は、もっともっといいタイムを出す決意を固めている。
役員を兼任している山本の出場種目は100メートル平泳ぎ。今年で5年目を迎える全国実業団大会への参加だが、1年目、1分18秒20。2年目、1分18秒56。3年目、1分19秒98。4年目、1分17秒98。という戦績だ。今年の目標は1分17秒5のつもり。それで、本番前に、日本でも最も泳ぎにくいプールである蔵本で予行演習をしようという心づもりらしい。蔵本よりも1秒は速くなるだろうということなのだ。そのためにも1人ではペースがつかみにくいので、何とか若い衆と一緒に泳ぎたいと思った山本は、無謀にも現役バリバリの中学3年生や高校1年生との勝負に出たのだ。無論、かなうはずもないのに山本は前半からついていくつもりである。コース紹介の時、観客席の一角から、黄色い声援(少し熟していたかもしれないが)と拍手が飛んだ。どうやら、塾生の兄弟が今大会に出場しており、その保護者らしい。しかし、山本は、この声援を聞いて燃えてしまった。燃えて燃えて、50メートルまでは若い衆に本当についていったのだ。だが・・・やんぬるかな・・・34歳という年齢は、嘘をつかない。75メートルを過ぎて、山本は、浮いた。
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ラスト10メートルは山本にとって壁の近づかない感覚に襲われる、長く苦しい時間だったのだ。
ようやく着いた山本のタイムは1分17秒41! 何と蔵本であったにもかかわらずこの5年間での最高タイムだった。山本は、思わずプールから上がって、誰もほめてくれないので、「誰かほめてくれー」と叫んでいた。
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暑い暑い一日は、夜のビールで締めくくられた。
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